|
![]() |
HOME > バックナンバー > 25/5月記事
長寿もらたす、日本の食文化は「食物繊維」のネバネバ食文化 2025年5月9日(金)、オンラインセミナー「野菜と果物の食物繊維の健康効果と未利用資源由来の食物繊維の活用」が開催された。この中から、矢部富雄氏(国立岐阜大学応用生物科学部 食成分機能科学研究室 教授)の講演「野菜・果物の食物繊維の健康効果の最新研究動向」を取り上げる。
超高齢化の日本、「健康寿命をいかに延ばすか」がテーマに
先進諸国の中でも、特に日本は超高齢化へと向かっている。現在世界の65歳以上の人口の割合は 9. 6% だが、日本は29%と非常に高い。うち75歳以上は15% で 29%の半分以上を占める。
こうした中、高齢者が「介護を必要とせずに自立した豊かなシニアライフを送る」ために、「健康寿命の延伸」がこれから大きなテーマとなってくる。 この「健康寿命を延ばすカギ」が食物繊維にある、と矢部氏は指摘する。 現状、「食物繊維」はどのような位置付けなのか。 一般的に、炭水化物やタンパク質、脂質といった三大栄養素は我々が生きていくために必須の栄養素だが、食物繊維は栄養成分に含まれない、栄養価値はない、と捉えがちである。 しかしながら近年、そうした食物繊維が、直接的な栄養にならないまでも、体に良いものではないか、と多くの人々が認識するようになってきている。 ちなみに、食物繊維の厳密な定義は国際的にはまだ定まっていない。人の消化酵素で消化されない食品中の難消化性成分、といったふうに解釈されている。
厚労省の栄養表示基準では、食物繊維は炭水化物の一種、糖質以外の炭水化物を食物繊維と呼ぶ、と定義されている。 とはいえ、食物繊維の知名度は高く、既に2500年前のソクラテスの時代に小麦ふすまが便秘予防のための緩下剤として使われたという記録が残っている、と矢部氏。18世紀以降は、産業革命により白いパンの製造・普及が技術的に可能となったが、その際、白パンがはたして体に良いのかどうか、ヨーロッパで議論が巻き起こった。これは、一般的に白黒論争と呼ばれ、食物繊維が多いか少ないかで議論がなされたという 。 1900年代には、食物繊維はダイエタリーファイバーと定義され、体に良い、特に便秘等に効くのではないかと注目され、食物繊維の概念として定着した。 このように食物繊維が今のように認識されるようになって50年程の歴史だが、実は2500年前からその有用性が人々の間で知れ渡っていたということだ。 では実際に、食物繊維が人々の健康にどのように 役立っていたのか。 世界の長寿地域と呼ばれる、ギリシャ南方の地中海に浮かぶクレタ島、そして日本列島、それぞれ地中海食と和食といった独特の食文化を持つが、こうした所に住む人々が食物繊維の恩恵に浴していた。 地中海食は、豆類、全粒穀物、野菜、果物、ナッツ類、魚、赤身肉が少ないといった「食」内容である。この地中海地域に住むスペイン人の中年の男女、およそ13,000人の食習慣を調べ、4年半後に糖尿病の発症率を調べた。その結果、地中海食の人々は糖尿病にかかりにくいことが分った。 また、がんについても地中海食のほうがリスクが低いことも示され、疾病対策のみならず、食による延命効果についても地中海食が世界的に盛んに研究が進められるようになった。
では、日本の食文化はどうか。地中海食のように野菜や果物、豆類に全粒穀物といった食物繊維の豊富な食材を伝統的に摂るのと特徴を一にするが、日本食の場合は、加えて味噌や納豆といった発酵食品の摂食が多いという特徴がある。 ただ、日本人の野菜の摂取量は1967年をピークに2018年は6割程度になるなど年々減少している。厚労省は、野菜の摂取目標量を 350グラムとしているが、どの世代も野菜の摂取量が足りていないのが現状だ。それを補うかのように発酵食品の摂食が日本人の健康体質作りに貢献しているといえそうだ。 日本人は納豆、わかめ、なめこといったネバネバ食品を好んで食べる。世界でも、こうしたネバネバした食品を好んで食べる民族はほとんどいない、非常に珍しい食文化である、と矢部氏は指摘する。 山芋や里芋、オクラやモロヘイヤ、海藻になめこに納豆、卵かけご飯に至っては、外国人には信じられない食習慣に映るようだ。
食物繊維もさまざまな種類があるが、大きく分けると2つ。ペクチンに代表される水溶性の食物繊維とセルロースやリグニンといった細胞壁の主成分になるが全く水に溶けない不溶性の食物繊維である。 ペクチンは野菜や果物の細胞壁の成分だが、ネズミの実験で、ペクチンを食べさせたネズミと食べさせないネズミを比べた場合、前者のほうが一目瞭然で、栄養を吸収する小腸の絨毛の形や表面の様子がだいぶ違っていた 、と矢部氏。ペクチンの摂食により、小腸の中の栄養吸収する部分の長さが変わるという現象が見られたという。 小腸の栄養吸収を行う細胞は、寿命が3日から5日、体の中でも最も短い寿命で、1週間ごとに新陳代謝が起こっているようなもの、と矢部氏。 その小腸に対し、ペクチンのような食物繊維が作用しているということが 最近新たに分かってきたのである。小腸の絨毛が伸びることは果たして健康に貢献しているのか。 例えば、老化に伴いフレイルが生じる。食べたくない、食べる量が減るという状態だが、慢性的な低栄養で、さらに加齢による筋肉量の低下も伴い、高齢者にとっては大きな問題となる。 しかしながら、低栄養状態でも栄養を吸収する小腸の絨毛が伸び、表面積が増えたとしたら、たとえ食べた量が減ったとしても吸収される栄養が増えることが推測される、と矢部氏。 そこで、岐阜で生産されている柚子に含まれるペクチンでネズミによる実験を行った。タンパク質をあまり摂れない、 低栄養状態のモデルマウスを使い、柿由来のペクチン と柚子由来のペクチンとで比べた。結果、柚子由来のペクチンは肝臓脂質の蓄積量が少なく、栄養の吸収がより効率よく行われている可能性が高いという現象が見られたという。
食物繊維は難消化性糖質で、我々が食べると、まず小腸に行き、消化されることなく大腸に到達する。そして、大腸に存在している微生物の餌となる。 我々人間の細胞は37兆個からできているが、大腸にいる腸内細菌の数は 40兆個で、人の細胞の数より多い数の細菌が大腸の中にいる。我々は食物繊維を食べないと、我々の細胞の数以上に存在している腸内微生物を養うことができない。 食物繊維は 人の栄養にはならない、何の役にも立っていないと考えがちだが、小腸から吸収されないということが非常に大きな意味を持つ、と矢部氏はいう。 食物繊維は小腸の絨毛の形状を変え、栄養成分の吸収効率を高め、さらには大腸に到達して、微生物の餌となり免疫能を高める。そうした重要な役割を担う食物繊維。近年、食物繊維は「第6の栄養素」とも呼ばれているが、三大栄養素以上に生体に有益な役割を果たすと言っても過言ではないかもしれない。
|
Copyright(C)GRAPHIC ARTS CO.,LTD. All rights reserved.
|