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センセーショナルなPFAS報道、混沌とした世界のPFAS規制
〜現状、日本人のPFAS摂取は著しい健康影響を生じる状況にはない

2025年7月11日(金)、東京農業大学世田谷キャンパスアカデミアセンター 横井講堂で、学校法人東京農業大学食品安全研究センター研究会による講演会が開催。昨今マスコミを賑わしているPFASについて、山ア 由貴氏(国立医薬品食品衛生研究所 食品部主任研究官)が「有機フッ素化合物(PFAS)とは〜食品安全分野における国際動向〜 」と題して講演を行った。

一部のデータが一人歩き、メディアの過激なPFAS報道

山崎氏は、食品中の残留農薬汚染に関する試験法の開発や実態調査の研究など幅広い分野で活躍している。

冒頭、山崎氏は、本講演の内容については個人の見解であり、自身の所属する国立衛研の公式見解ではないとし、「PFASに関する報道が絶えない。その多くが水道水が安全でないといったことだが、一部のデータが一人歩きし、センセーショナルな記事になりすぎてないか」と指摘した。

PFASとは 一体どのような化学物質なのか

PFASは 炭素-フッ素結合を持つ有機化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物の総称で、定義が国や組織で異なる。この定義の違いにより、対象物質数も変わり、700万以上の物質が対象になることもある。こうした非常に多くの化合物を含むグループのことをPFASと呼ぶ。 代表的なPFASに、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)がある。

1960年代に、PFASの難分解性・生物蓄積性が問題視

PFASは強く安定した炭素-フッ素結合で、物理的科学的に安定し、過水分解、光分解、微生物分解、代謝に対する耐性があり、撥水性・撥油性を有する。

こうした特性から産業用途として非常に使いやすく、溶剤、界面活性剤、繊維・紙・プラスチック等の表面処理剤、潤滑剤、泡消火薬剤、半導体原料などに幅広く使われてきた。

PFASの歴史は、1938年にデュポン(Du Pont)社によるPTFE(いわゆるテフロン)の開発から始まる。1940年代にはPFOS、PFOAが開発され、商業生産が開始される。

PFASの代表的な製造会社は3M社、デュポン社だが、1960年代に、米国を中心にPFASの難分解性・生物蓄積性が指摘されるようになり、両社はPFOSとPFOAの動物実験、疫学研究を実施。1999年に米国で、環境中へのPFAS汚染の問題が認知され始め、2000年に米国環境保護庁(EPA)が3M社と協議、同社はPFOS関連製品の生産を段階的に中止するとした。

2002年には、EPAはPFOSの使用・製造の制限についての規制を行い、さらに2006年には、PFOAの自主管理規制を求めた。2020年には長鎖PFCAの使用・製造についても制限し、米国でさらに規制が強まっていく。こうした規制強化から、3M社は2025年末までに全てのPFAS製造から撤退することを発表した。


PFASの国際的規制広がるも、未だに環境中に残留

PFASの規制で、国際的に代表的なものが、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約。この条約は難分解性、生物蓄積性、人や生物への毒性が高く長距離移動性が懸念される残留性有機汚染物質(POPs)の製造及び使用の廃絶・制限などを規定するもので、世界で幅広く締結されている。

PFASについては国際的に製造・輸入が原則禁止されているものの、環境中からは未だに出るという報告も挙がっている。2022年度の環境省のデータで、PFOSが水や低質、生物、大気等から検出され、環境中に残留していることがわかっている。

PFASが製造業で使われ、それがそのまま環境中に放出されたり、製造業で消費者向けの製品にPFASが使われそのまま人に暴露したりするケースがある。この人への暴露の最大要因は食事からということも明らかとなっている。 ただ、その寄与率は人口構成や集団により大幅に異なるため必ずしも食事が一番悪いということでもない。

昨今、PFASがメディアで騒がれる理由の一つに生物蓄積性がある。ちなみに、PFOS、PFOAは人では半減期が3. 3から27年(もしくは2. 1年から 10. 1年という報告も)。この半減期については研究途上で確定値ではないが、動物 (人を除く)、霊長類、 ラット、マウス等と比べると明らかに単位が違う。人における生体内半減期が動物より長いため、どうやらヒト特異的かつPFAS特異的な腸間循環のメカニズムがありそうだということが報告されつつある、と山崎氏。


「発がん性があると明確に判断する確からしさはない」食品安全委員会

日本では2024年6月に食品安全委員会がPFASの健康影響評価を公表している。発がんについては、DNAを直接傷つけてがんを起こす作用(遺伝毒性)とすでにできたがんを成長させるような作用(非遺伝毒性)とあるが、PFASは直接的な遺伝毒性を有しない、非遺伝毒性については動物験でそれらしい結果は出ているが、人に当てはめられるかどうかは判断できない、としている。

また、人での疫学研究でも証拠が限定的で、証拠は不十分という評価結果で、これらを総合して、PFASは人での発がん性があると明確に判断するまでの確からしさはないと、食品安全委員会は結論付けている。

報道でPFASに発がん性があるとしているのは 国際がん研究機関(IARC)が発表している発がん性分類結果を基にしていると思われる、と山崎氏。 確かにIARCの発がん性分類結果ではPFOSはヒトに対して発がん性がある可能性があるとされている。

しかしながら、IARCの発がん性分類のスキームは現在の食品のリスク評価をからすると特殊なもので、がんを起こすかどうかだけに注目し、各要因の発がん性の強さや、実際にがんが発生する可能性の大きさやリスクを基本的に考えていない。リスク評価の基本である、多量なら危険で少量なら安全ということを完全に無視したスキームとなっているという。


食品安全委員会、PFAS耐用1日摂取量(TDI)を20ng/kg体重/日に

例えば、PFOSとPFOAに発がん性ありと判定されたデータをよく見ると、ラットのオスは特異的なメカニズムで発がんしており、メスでは高濃度を投与しても発がん性は認められない。人の疫学研究のデータについても、IARCの評価は不十分、限定的で、十分に発がん性があるといえるほどの証拠はない、と食品安全委員会は結論付けている。

また、肝臓、脂質代謝、免疫、生殖・発生については証拠が不十分だが、最終的に、生殖・発生における毒性試験、出生時への影響について複数の報告が同様の結果を示しており、証拠の確かさが強いため、これは確実に健康影響ありと食品安全委員会は評価をしているという。

結果、食品安全委員会は生殖・発生における健康影響を基に算を行い、2024年6月に耐用1日摂取量(TDI)を示した。これは人が 一生涯にわたり摂取しても健康に対する有害な影響が現れないと推定される量で、PFOS、PFOAについては20ng/kg体重/日と設定した。

この値は他国と比べてどうなのか? PFASの健康影響評価について、疫学調査に対する評価は国と機関によって大きく異なる。現状、国際的に整合性の取れた健康影響評価は確立されていない。アメリカのEPAも2016年と2024年で大きく値が違っており、指標値も更新され、今後もどうなるか全くわからないという状況、と山崎氏。


WHOやコーデックス、PFASの基準値設定は2027年頃か

こうした中、食品中に含まれるPFASの規制はどのようなものか? 国際的基準となるコーデックス規格では、PFASについていずれの食品も基準を設定していない。コーデックスには汚染物質のリスク評価を行うJECFAという専門家会議があるが、PFASのリスク評価は2027年からとなっている。

現状、食品中に含まれるPFASについて 法的拘束力のある基準値を設定しているのはEUのみ。ただ、全ての食品に基準値を設定しているわけではなく、現段階では畜産物に基準値をつけている。 他の国では、食品中のPFASに今のところ基準値はないが、各国でPFASのモニタリングが大規模に行われており、日本についても政府機関が実態調査等を行っている。

PFASについては食品よりも飲料水、 水道について先に規制が進んでいる。WHOの暫定ガイドラインが2022年に公表され、総PFASの値も設定されるが、今現在ホームページからは見えない。最新の報告によると現在、フェーズを2つに分けてPFASのリスク評価を行っており、2027年頃に概ねの方針が決まるものと思われる、と山崎氏。

EUに関しては 2021年に飲料水指令が公表され、総PFASまたは20PFASの合計として500 もしくは100 ng/Lという値がついている。ただし、2026年から実際に強制力を持つもので、現状まだ始まっていないという。


中々定まらない米国のPFAS規制値、日本は2026年4月より50ng/Lに

アメリカでのPFASの評価については、基準値が変転し、2009年には 400 ng/L、もしくは 200 ng/Lだったが、2016年に 70 ng/Lになり、去年は4 ng/Lという、非常に低い値を出した。

また、PFOS、PFOAだけではなく他の化合物も制限するとしたが、今年の5月にEPAから規制見直しのアナウンスが入り、とりあえずPFOS、PFOAの4ng/Lは維持するといっているがどうなるか分からない。さらにこうした規則を2029年までに遵守といっていたが、それも変更で2031年になり、先行きどうなるか全くわからない状況、と山崎氏。

日本では本年2月にPFOS、PFOAの基準値が水道水につくことが決まった。食品安全委員会のTDIを基に基準値としてPFOSおよびPFOAの合算値で50ng/Lが設定された。

また、ミネラルウォーターについても水道水に準じるということで、この基準値が2026年4月より施行または適用予定となっている。


現状、日本人のPFAS摂取は著しい健康影響を生じる状況にはない

PFASの主な暴露源は食事であるが、我々の研究グループで日本における食品経由のPFASの摂取量はどれぐらいかという評価を行った、と山崎氏。

マーケットバスケット方式によるトータルダイエットスタディという方法で、各地域の小売店で200種類以上の食品を買い、食品群ごとに分類し、調理、混合・均質化し、含まれるPFAS含有量を分析し、食品全体からのPFAS摂取量を地域ごとに推定した。

結果、PFOSは体重あたり 0.40から3.3ng/kg体重/日、PFOAは0.049から1.3ng/kg体重/日という値が推定された。これをTDI(一生摂取しても健康影響が生じないと推定される値)対する割合でみると、PFOSが2.0から16% 、PFOAが0.24から6.6%で、TDIよりも低く、現状、日本人のPFASの摂取状態は著しい健康影響を生じる状況にはないと考えられる、と山崎氏。

またこうしたPFASの摂取源については、主に魚介類であることが分っているが、EUとオーストラリアの摂取量の比較では、PFOSについては0.40から3.3が日本の摂取量だが、EUは 0.29から5. 94、オーストラリアは0. 011から1. 7ということで、日本におけるPFASの摂取量は諸外国に比較しても著しく高値を示すことはないと考えられるという。

このように、PFAS規制における世界の動きは混沌とした状況だが、今後も科学的根拠に基づいた情報収集やデータの蓄積で摂取量の推定等の研究を続けていきたい、と山崎氏は述べた。


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