バックナンバー > '00/6月記事

”胎児の奇形”を防ぐビタミンとは
〜ビタミン研究の最新報告

6月16日、「ビタミン広報センター20周年記念講演会」(主催:ビタミン広報センター)が開催された。この中で、特に胎児の発育に深く関与するといわれる葉酸(ビタミンB群)やビタミンE、Cなどの有効性についての最新研究が報告された。

「胎児の健全な発育」のために、米政府が行ったある栄養政策

1998年1月1日、「ある栄養素」の穀類への添加・強化令が米国で施行された。
栄養素の名は、「葉酸」---。ビタミンB系列の栄養素だ。主な供給源としては、緑葉野菜、オレンジなどの果物、豆類などが挙げられる。
日本ではあまり馴染みのない栄養素だが、米国では妊婦に必須の栄養素とされている。”胎児の奇形”化を防ぐためだ。米国ではこの葉酸不足により新生児の神経管損傷(NTD)が毎年4千件あり、そのうち脊椎被裂(spina bifida)を伴う重症のものは2千400件にも上るといわれる。

胎児の脊髄が形成されるのは妊娠初期で、妊娠適齢期あるいは妊娠中の女性で葉酸が欠乏すると、胎児の発育が阻害され、神経管損傷や脊椎披裂が生じる可能性が高い。
こうした胎児の障害を防ぐために、FDA(米国食品医薬品局)は穀類への葉酸添加・強化を義務付けた。内容は、政府が薦める1日の葉酸の推奨量の10%を1人前(食パンであれば1枚)の食事に添加するというもの。 カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究者らは神経管損傷の予防のために「妊娠初期、あるいは妊娠前から女性は葉酸を摂取すべき」としている。
米政府はそれまでにも、葉酸を妊娠前から摂取する必要があるとし、1日400マイクログラムの摂取を奨励していたが、米国女性の平均摂取量はその半分にも満たないというのが実情であった。

2年後、血中の葉酸濃度は施行前の倍以上に

米国女性の間で葉酸摂取の重要性についての認識は低く、米政府も広報活動に力を入れざるを得ない状況にあった。胎児の中枢神経組織は妊娠1ヶ月内に発達するが、その間に起こる何らかの障害によって神経管損傷が生じるといわれる。しかも、妊婦のほとんどに自覚症状がないという。

神経管損傷の50〜70%は葉酸を1日400マイクログラム摂取することで防げることがこれまでの研究で報告されていた。そこで、米政府は1998年1月1日以降、パン類、小麦粉、パスタなどの穀類製品の全てに葉酸を添加・強化することを義務付けるという強行策をとった。

幸いにも、米国でのこうした栄養政策は効を奏し、New England Journal of Medicine'99/5月号では、タフツ大学のFramingham Heart Study、並びにMemorial Hospital of Rhode Islandの研究グループが、心臓疾患の研究に参加中の被験者の子供1,100人について、「葉酸添加・強化令」施行前後の血中の葉酸濃度をみたところ、施行後は平均濃度が2倍以上になったことが判ったと報じている。

流産のリスクの低下、脊椎披裂が80%減少など報告

実際に、葉酸欠乏でどのような弊害がこれまでに報告されているのか。
ごく最近のものでは、流産に関するものが報告されている。Obstetrics and Gynecology誌2000.4月号によると、オランダの研究グループが、流産の経験が2回以上ある123人の女性と、流産経験ない104人について調査したところ、流産を2回以上経験した人の血中の葉酸濃度は他のグループより低いことが認められたという。
さらに、流産が2回までの女性と3回以上の女性とを比べた場合、3回以上の女性のほうが血中の葉酸濃度が、より低かったという。(後述するが)ホモシステインの血中濃度が高いと流産のリスクも高くなるといわれているが、葉酸がホモシステインを減少させ、流産の再発を防いだものとみられている。

また中国に住む女性に葉酸を与えたところ、新生児の脊椎披裂が80%減少したという報告もある(New England Journal of Medicine誌'99.11/10日号)。Beijing Medical University研究グループが1993年から95年の間に24万8千人の中国在住の女性を対象に、半数に葉酸を1日400マイクログラムを与え(妊娠前と妊娠後最初の約1ヶ月間与えられた)、残りには何も与えなかったところ、神経損傷が多発する地域で、その危険性が79%、少ない地域でも84%の低下がみられたという。

卒中、結腸がん、アルツハイマー疾患などの予防にも有効

これまでに報告されている葉酸の有効性については胎児の発育に関するものだけではない。
心血管系疾患、卒中、結腸がん、アルツハイマー疾患の予防などについても報告されている。また、摂取量についても、葉酸の1日推薦摂取量の3倍摂ると、心臓病やがんの危険因子を減らすことができるといった報告がオーストラリアの研究機関から発表されている(ScienceDaily'99.12月号)。

また、体内のホモシステイン濃度が冠動脈系疾患といった循環器病の発症と密接に関連しており、葉酸との関連がクローズアップされているが、ごく最近の研究では、食品からの葉酸摂取より、栄養補助食品からの摂取で、血中のホモシステインを効率良く減少させることができるという報告も出ている。

動脈硬化性疾患の主要因としてホモシステインが浮上

6月16日に開催された「ビタミン広報センター20周年記念講演会」では、ボン大学(ドイツ)のピッチクック教授が葉酸とホモシステインとの関連について述べた。
ホモシステインは、1962年にホモシステイン尿症が発見された際、血中における濃度と血管系の疾患との関わりがクローズアップされ、心臓病の危険因子として指摘。体内で重要な働きを行うアミノ酸の一種ではあるが、血中での濃度が高くなると心臓や血管に障害を与えることが、様々な研究で明らかになっている。

ボストンの研究グループが、平均年齢59歳で心臓病やがんに罹ったことがない女性2万8千263人の医療記録を調べたところ(3年間の調査の間、122人が心臓発作、心臓外科手術、あるいは卒中を起こしていた)、血中のホモシステイン濃度が最も高かったグループは、心臓病の危険性が2倍高いことを示していたという報告もある(Journal of the American Medical Association誌'99.5月号)。

こうしたホモシステインの作用に対し、ピッチクック教授は「(循環器疾患の要因として)一番危険なのはコレステロールなのかホモシステインなのかということだが、今まで我々はコレステロールだけを追いかけてきた。食事の改善、いろいろな薬による治療、どれもコレステロールだけを悪者として、それを狙って戦略を立ててきた。ところがホモシステインを見逃していた。このホモシステインという重要な危険因子を我々は認識していなかった」と指摘した。

ホモシステイン値が高いと循環器病になる危険が22倍高くなる

血中のホモシステイン濃度が高いと循環器病への罹患率が高まるという。「10年前の研究だが、ホモシステインが低い人と比べてホモシステインの高い人は循環器病になる危険が22倍も高くなることが示されている。ホモシステインの値が高くなると死亡する危険性が9倍高くなることがわかった」とピッチクック教授。

ホモシステインの病態生理学的な作用については、「血中にホモシステインが多いといろいろな影響を、さまざまな血液凝固因子に与える。その結果、血小板の凝集が促進される。血小板が凝集するということはすなわち冠動脈系心疾患の始まりで、リスクが増加する。またホモシステインは細胞に対して毒性を持っている。内皮細胞および血流の中でホモシステインの値が高ければ高いほど酸化が促進され、LDL(悪玉)コレステロールが過酸化される」という。

ホモシステイン濃度の低下には葉酸、B6、B12の3つの組み合わせがベスト

また、ピッチクック教授は、ホモシステイン濃度を下げるためにどのような方法が有効であるかについても述べた。結論から言うと、葉酸、B6、B12といったビタミンB群の摂取が効を奏するという。しかも、それぞれ、単独で摂取するよりも、3つのビタミンを組み合わせた場合が最もいい結果が出ているという。

さらに、最近では、前述したように、自然の食品からの葉酸摂取よりも栄養補助食品からの葉酸摂取のほうがホモシステインを効率的に下げるという報告も出ている(American Journal of Clinical Nutrition誌2000.6月号)。

ニュージーランドの研究グループが、ホモシステインの血中濃度が1リットルあたり9マイクログラム以上の36歳から71歳までの65人を対象に、2週間、低脂肪の食事を摂らせた後、1日600マイクログラムの葉酸を、葉酸強化シリアル、栄養補助剤、葉酸を含む食品からそれぞれ摂取させるという栄養介入試験を行った。その際、特に食品から葉酸を摂取するグループの摂取量をシリアルや栄養補助剤のグループより増やしたものの、12週間後の葉酸の血中濃度を調べたところ、食品グループの葉酸値はシリアルや栄養剤のグループのようには増えていなかったという。
ホモシステインレベルについては、食品が9%、シリアルが24%、補助剤では21%下がっていたという。

日本の葉酸の所要量200マイクログラム/日は「少なすぎる」(ピッチクック教授)

現在、日本の葉酸の所要量は200マイクログラムであるが、ピッチクック教授は次のように指摘する。「ホモシステインが高いことによって典型的な動脈硬化が起こってくる。なんとかしてこのホモシステインを下げなければいけない。日本では葉酸の所要量は200マイクログラムだが、少なすぎる。米国では専門家が何年もかけて話し合いをしてきた。多くのデータが示すところでは400マイクログラム/日の葉酸を定期的に摂ることでホモシステインがきれいに下がってくる。それ以上葉酸を摂取した場合、ホモシステインがそれ以上下がるというわけではないが、もともとの葉酸値が低い場合、ホモシステインはどんどん増えていく。400マイクログラムの摂取は絶対に必要」。

さらに、「普通の食事から葉酸を摂ることは難しい。サプリメントを使わないと米国のように400マイクログラム摂ることは難しい」と付け加える。 海外での、葉酸摂取の状況をみると、米国が1日の推奨摂取量(RDA)を400マイクログラムに設定したのを皮きりに、今年ドイツでも300から400マイクログラムへと引き上げた。「ドイツでは葉酸摂取のために1日の果物と野菜の摂取量を5倍に増やそうと言っているが、誰もそんなことはしない。それで、それが無理であればサプリメントを摂るか、政府を説得して食品添加を行うか、今ドイツではその話し合いが行われている」(同)。

この他、ハンガリーでも、「2年前にパンに葉酸、B6、B12を強化し、全世帯的に妊婦に毎日400マイクログラムの葉酸を摂らせ、胎児の神経管損傷を75%減少させることができた」とピッチクック教授。

1日500mgのビタミンC摂取、
心臓病や卒中のリスクを低下

また、当日、「ビタミンCと心臓病」と題して、ライナス ポーリング研究所所長のバルツ・フライ教授が、ビタミンCが心疾患の危険性を低下させること、活性酸素を効率的に除去することなどを講演の中で述べた。

フライ教授は、ビタミンCの効用ついて、「1日500mgのビタミンCを摂ることは血圧を低下させ、心臓病と卒中のリスクを低下させることにおいて有効である可能性がある」とし、以下のような最新の研究成果を報告した。

  • ビタミンCのヒトへの短期間投与(2時間、2,000mg)でも長期間投与(30日、30〜2,500mg)でも脂質過酸化に対する血漿の抵抗性が用量依存的に増大する。従って、血漿およびLDL(※低密度リポタンパク・「悪玉」コレステロール)中の過酸化脂質を抑制し、F2-イソプラスタン(※動脈硬化病変に高濃度で存在)濃度を低下させ、心臓病および卒中のリスクを低下させる可能性がある。

  • ビタミンCを経口投与(500mgを30日間)または動脈内注入すると、心臓病患者または心臓発作の危険因子を有する患者の血管拡張がかなりの程度改善を示した。
(「ビタミン広報センター20周年記念講演会」要旨集より)

今年4月に米国立科学アカデミーは、ビタミンCの1日の推奨摂取量(RDA)を、これまでの60mgを女性75mg、男性90mgへと改定した。さらに喫煙者はこれに35mg増やすことを付け加えた。それまでのRDAは1989年に設定されたもので、実に11年ぶりの改定となった。また、今回特にビタミンCの摂取量の上限を2,000mgと設けた。これは食品と栄養補助剤とを合わせた数値で、特に、野菜や果物からの摂取が望ましいとした。

適度な飲酒、心臓病のリスクを軽減

フライ教授は、心臓疾患に関連して、適度な飲酒が心臓病のリスクを低下させることにも触れ、「アルコールの種類を選ばない、ワインでもビールでもリキュールでも1日2分の1杯以上飲む人は40から50%という大幅な心臓病のリスクの低減が得られる。ただし、適度な飲酒であること。HDL(善玉コレステロール)の値は適度な飲酒をする人のほうがはるかに高いというデータが出ている」と述べた。

また、女性の乳がんの場合、「1日1杯以上飲酒をする女性は乳がんによる死亡リスクが上がるが、葉酸のサプリメントを摂っている人は飲酒をしても乳がんの率が高くなることはない」と報告した。

Journal of the American Medical Association誌'99.5/5日号にもこれに関連した記事が掲載されている。ハーバード大学研究者グループが行っているNurses’ Health Studyの一環で行われた調査で、毎日ビールかワインをグラス1杯半位を飲む女性で葉酸を毎日600マイクログラム摂取している被験者は150―299マイクログラム摂取している被験者と比べ、乳がんの危険性が45%低いことが判ったという。

また、フライ教授は飲酒の効用について次のような点にも触れた。「ワインでもビールでもリッカーでも適正な量であれば40から50%くらい心臓発作のリスクは下がる。こういった飲料の中のアルコールが心臓病のリスクを下げている。フラボノイド成分によるものだとか、例えば白ワインより赤ワインがいいとか言っている人もいるが、そういうことではない。アルコールそのものに心臓病のリスクを下げる効果がある。アルコールがHDL(善玉コレステロール)を増やし、心臓病を減らしている」。

現段階におけるビタミン研究の最新報告であるが、日頃の食生活の中でビタミンを効率よく用いることで各種疾患の予防が可能といえそうだ。また、ビタミン以外にも心疾患の予防として、フライ教授が挙げたように適度な飲酒の効用が世界から相次いで報告されているが、グラスに1日2分の1杯から1杯までが適量とされる。多飲は肝硬変やがんなどの重篤な疾患へ繋がるため当然禁物といえる。

【 ヘルスネットメディア 】関連記事

  • 抗酸化ビタミン含むサプリメントで寿命が縮まる!('07 3/5)
  • ビタミンをめぐる最近の話題〜ビタミンE・Cネガティブ報告!('05 9/25)
  • 米国でビタミンCの1日の推奨摂取量(RDA)改定('00/2)

    ヘルスネットメディア

  • Copyright(C)GRAPHIC ARTS CO.,LTD. All rights reserved.