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化学物質が人類を襲う〜「環境ホルモン汚染」顕在化

ここ50年の間にヒトの精子数が半減した――イギリスBBC放送がそうした「内分泌かく乱物質(環境ホルモン)」の影響を放映、一躍、化学物質による人体汚染が世界の関心事となったことは記憶に新しい。文明の発展とともに生み出された化学物質が生体でホルモン様の働きをし、生殖障害や発がんを引き起こしているといわれる。10月25日には池袋メトロポリタンプラザで井口泰泉教授による「環境ホルモンによる人体汚染」についての講演会が開催、現在我々が直面している化学物質による汚染実態が報告された。

近年の不妊症人口の増加は「環境ホルモン」が原因か

我々の生活に身近なプラスチック容器からビスフェノールAという化学物質が溶け出し、体内で女性ホルモン様の働きをしている――「内分泌かく乱物質(環境ホルモン)」と呼ばれるこうした物質は、生殖機能障害をもたらし、人類の存続を危ぶませるとして、このところマスコミでもクローズアップされている。

また、ラップでくるんだ食品を電子レンジで加熱した場合、そうした物質が溶出することも一部で指摘され、深刻の度を深めている。 日本では、ここ数年、10組に一組の割合で不妊症が増えているといわれる。

精子数の減少は世界的傾向で、これまでにも食品汚染による影響などさまざまな原因が憶測されてきた。果たして不妊症と環境ホルモンとの因果関係はどうなのか。

化学物質による「複合汚染」の恐怖が現実に

10月25日、池袋メトロポリタンプラザ(東京都豊島区)で井口泰泉教授(横浜市立大学理学部機能科学科)を迎え、「子どもたちの未来を奪う環境汚染物質とは!」と題する講演会が開催された。井口教授はこの中で、「農薬、殺虫剤、防カビ剤などの化学物質が生体であたかも女性ホルモン様の働きをすることがわかってきた」とし、野生動物の生殖器異常、繁殖力の減少が世界各地で確認されていることを明らかにした。また不妊症との因果関係について、「子宮内膜症が増え、不妊傾向にある」と警鐘を鳴らした。

現在問題視されている化学物質は、ポリ塩化ビフィニール(PCB)、DDT、ダイオキシンなど72種類。これらは生体内で、ホルモンバランスを撹乱させ、女性ホルモン様の働きで発育・生殖器不良をもたらすという。さらに怖いのは、それぞれの化学物質の単体での影響はもちろん、混合された場合、160-1600倍の作用を示すというマクラクラーン教授の指摘だ。

40年代に「人体汚染」の兆候、90年代に入って本格的な論議

井口教授は、講演の中で「内分泌かく乱物質(環境ホルモン)の研究はまだ始まったばかり」とし、今後の解明が待たれるとしたが、化学物質による人体汚染の兆候はすでに1940年代に入って明らかになりつつあった。

歴史的な経緯を辿ると、化学物質が生体内でホルモン様の作用をもたらすことが判明したのは90年代に入ってからで、91年にコルボーン博士らによる環境汚染問題の会議で、本格的な対応策が練られた。この中で「ある種の化学物質は生体内で女性ホルモンと類似の作用をし、内分泌を撹乱させる」とし、多くの野生動物はすでにこうした化学物質の影響を受けており、人体にも蓄積されている――との合意がなされた。そして、近い将来ヒトへの顕在化の可能性があるため、ヒトへの研究を優先的に行なう必要があるとした。

その後、1996年3月にはコルボーン博士らによる警告の書「Our Stolen Future(邦題:「奪われし未来」)が出版、ゴア副大統領が序文を書いたことで話題を呼び、世界的な関心事へと発展した。また今年1月にはホワイトハウス、スミソニアン財団等の後援を受け、ワシントンD.C.で「Endocrine Disrupture Workshop」が開催。このワークショップでは米国の他、日本、ロシア、カナダ、メキシコ、アルゼンチン、中国、EU、OECD、WHOが現況を報告し、国際的な共同研究・データベースの必要性、スクリーニングの評価などの話合いがもたれた。

日本では今年3月に環境庁で「外因性内分泌かく乱化学物質問題に関する研究班」が発足。また、厚生省、通産省でも専門の研究班を発足し、具体的な研究・対策へと本腰を入れ始めた。

ここにきて、ようやく世界各国で環境ホルモンによる人体汚染の本格的な解明が始まったが、化学物質をどの程度暴露した時、どのような影響が出るのか、また何年後に影響が出るのかなど明確な結論は今後の研究・解明を待たなければならず、検証には長い時間を要する。かつて、レイチェル・カーソン女子が化学物質による人体汚染の恐怖を著したベストセラー書『沈黙の春』が現実味を帯び、我々の目前に迫まりつつある。

「環境ホルモン汚染(内分泌撹乱物質)」の歴史的経過<10/25・井口泰泉教授講演要旨より>

1940年代以降、北アメリカの五大湖で、DDT、PCB、ダイオキシン等の大規模な汚染が明らかとなり、野生動物の繁殖力の減少、地域住民の発がんの増加が観察される。

1991年、コルボーン博士らを中心に環境汚染物質問題に取り組んでいる科学者たちがウイスコンシンのウイングスプレッドに集まり、化学物質の野生動物、実験動物、ヒトへの影響について議論。ヒトへの被害も近い将来顕在化するおそれがある、とした。

1994年、NIEHSのマクラクラン博士らはワシントンD.Cでの会議で鳥類、哺乳類に加え、魚類でも異常が観察されていることが報告された。

1995年7月、ウイングスプレッドに魚類の研究者が集まり、「化学物質による魚類の発生、生殖の変化」に関する会議を開き、「多くの海産および淡水産魚類の数は化学物質により減少している」――などの合意に達する。

1996年3月、コルボーン博士らにより「Our Stolen Future(邦題:「奪われし未来」)が出版、ゴア副大統領が序文を書き、話題となる。 1997年1月、ワシントンD.C.でホワイトハウス、スミソニアン財団等の後援によりワークショップが開催。各国の現状が紹介、世界的はコンセンサスをまとめる。

1997年3月、環境庁の「外因性内分泌撹乱化学物質問題に関する研究班」が発足、研究方針等を6月にまとめた。通産省は「内分泌(エンドクリン)系に作用する化学物質に関する調査研究班」を発足。厚生省は「化学物質のクライシスマネジメントに関する研究班」が報告書を作成。

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