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「環境ホルモン」が脳神経に影響、危ぶまれる「21世紀の脳」

近年、高齢化人口の増加に伴い、アルツハイマー症などの痴呆症が深刻化しつつある。またここにきて問題視されているのが、「環境ホルモン」による胎児の脳神経への影響。「環境ホルモン」の恐怖を世に知らしめた「奪われし未来」の著者シーア・コルボーン博士は世代を超えた、「崩れゆく脳」の可能性を警告する。「脳機能の健全化」は世界的な関心事で、ギンコ(イチョウ葉)などを中心としたブレインフードの類は米国でも人気が高い。日頃の食管理で「健全な脳」機能の育成は可能か。最新研究の一部を報告する。

フリーラジカル(活性酸素)の過剰発生など、現代人は痴呆症誘引物質に包囲

昨年日本で、全国の1,853の老人保健施設を対象に痴呆症状の調査を行ったところ、軽いものも含めると入所者の7割以上に痴呆症状がみられたという結果が出た。こうした 痴呆症の原因としてこれまでに脳血管障害説、生活環境説、さらには喫煙説から電磁波説まで挙げられているが、現在最も有力なのが「βアミロイド蛋白説」。 βアミロイド蛋白(脳のシミとも呼べる老人斑の主成分。いくつかのタンパク質のカスのかたまりが沈着したもので、神経細胞を殺す毒性があることが判っている:「アルツハイマー病」黒田洋一郎著・岩波新書より)は正常者の脳中にも少量ながら分泌され、神経細胞を死滅させるといわれる。

一頃、痴呆症の原因としてアルミニウム摂取説が摂り沙汰されたが、アルミがβアミロイド蛋白の毒性を強め、アルツハイマー症を発症させる可能性も指摘されている。アルミによる痴呆症説は1970年代に腎工透析患者の間で痴呆症が発症したことに端を発し、その後の疫学調査でアルミ摂取が脳機能に影響を与える疑いが強まった。アルミ製品は薬剤に含まれるものから、アルミ缶、アルミ鍋、飲料水中のアルミ化合物に至るまで生活全般にわたるが、1997年までに行われた世界各国の疫学調査でも12件中2件以外は飲料水中のアルミ濃度とアルツハイマー発病と関連ありとの結果が出るなど、特に水に溶出しやすいアルミ化合物の影響が懸念されている。

またアルツハイマー症はβアミロイド蛋白以外にもフリーラジカル(活性酸素)のダメージによるところも大きいとされる。フリーラジカルは食品添加物・農薬などの化学物質を含む食品の摂取、ストレスなどを受けた際に防衛機能として生体内に発生するものであるが、現代はフリーラジカルが過剰発生しやすく、逆にこれにより生体に損傷を与えているといわれる。
これまでにペンシルベニア大学研究グループがアルツハイマー患者の前頭葉と側頭葉(前頭葉と側頭葉は記憶、知的機能で重要な部分)を調べたところ、正常脳の同じ部分と比べフリーラジカル損傷が2倍で、しかも発病の初期段階でフリーラジカル損傷が起きていたという。

抗酸化食品で、フリーラジカルによる脳機能損傷を防御

現在のところ、アルツハイマー症の根治的治療薬はないといわれる。そのため生活習慣の中で、できる限り危険因子を排除し、防衛食品を効率よく取り入れていくことが大切といえる。昨年、米国のThe Journal of Neuroscience誌10月号は、ほうれん草といちごが老化による脳機能の衰退を遅らせる作用があることが判ったという内容の記事を掲載した。これは米農務省支援によるラット実験で、明らかにされたもので、毎日いちごを適量あるいはほうれん草サラダをかなり摂ったところ、老化による中枢神経組織の衰退や認識行動障害が予防でき、さらに神経変性障害の抑制に効果がみられたという。実験ではラットに、いちご、ほうれん草、ビタミンE剤を配合した食事を毎日8ヶ月間投与したが、研究者たちは、「老化は抗酸化物質が徐々に不足していくためで、特に脳がフリーラジカル(活性酸素)で損傷を受けやすくなるが、いちごやほうれん草は抗酸化剤が豊富に含まれている」と指摘している。

こうした抗酸化食品を日頃の食生活に上手に取り入れていくことでフリーラジカルの発生と毒性を抑制し、痴呆症の発症を未然に防ぐことが必要だ。前述の黒田洋一郎氏は著書の中で、ビタミンEやC、また青みの魚に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)など抗酸化成分としてのアルツハイマー症への有用性を挙げている。また、米国ではギンコ(イチョウ葉)が強い抗酸化作用を持ち、痴呆症の改善効果に優れているとの評価が高い。

この他、学習や記憶機能に重要な役割を示している栄養成分としては、カリフォルニアの研究グループがマウスを使って行った研究で、ビタミンAが胎児成長における神経組織発達に必要なだけでなく生涯を通じての脳機能にも欠かせないと報告している(Neuron誌12月号)。研究では、ビタミンAが特定の細胞レセプターに対し学習、記憶分野で役割を果たしていることが判明。これらのレセプター遺伝子が欠けたマウスグループでは、学習能力、記憶テストの成績が悪かったという。しかしながら、研究者は「研究は初期段階のため、記憶障害を起こしている高齢者にビタミンA剤を与えると障害を緩和できるかどうかは確認できていない」ことも付け加えている。

ダイオキシンなど「環境ホルモン」が脳の成長を妨げる

高齢化による脳機能の低下は、自然発生的な現象で不可避ともいえる。しかしここにきて、高齢者ばかりか胎児を含めた全ての世代の脳機能において深刻な事態が持ちあがっている。ダイオキシンやPCBなどの「環境ホルモン」が脳神経に異常を与えるという研究報告が米国で次々に発表され始めた。
4月23日放映のNHKスペシャル番組「環境ホルモン・五大湖からの警告」の中で、『奪われし未来』(環境ホルモンの恐怖を紹介)の著者であるシーア・コルボーン博士は「『奪われし未来』を書いていた'93〜'95年頃も化学物質が脳にダメージを与える可能性をもっと強調したいと思っていた。でも脳に何かが起こっているというはっきりとした証拠がありませんでした。ところが本を書き終えてからこの分野の研究が次々に発表された」とし、「環境ホルモン」は生まれる前の胎児に影響を与え、脳の成長を妨げる危険性があり、脳が作られるごく初期の段階で、「環境ホルモン」の影響を受けると、取り返しがつかないダメージが残ると指摘した。コルボーン博士は昨年9月に「環境ホルモン」が脳神経に及ぼす影響について論文発表を行っている。

博士はこれを裏付けるものとして最近のダイアン・ヘンケル博士の研究を報告。ダイオキシンの煙を出している五大湖の工場の近くのあおさぎの雛と同じ量のダイオキシンを鶏の卵に投与し、生まれた鶏の脳をみたところ、脳の変形がみられ、五大湖の環境と同レベルの化学物質が脳の成長を妨げていることが判ったとした。

化学物質は子宮内で影響、21世紀へ引き継がれる「脳障害」の恐怖

また番組では、五大湖のPCBが人間に与える影響を初めて調べたジェイコブソン博士の研究も紹介。胎児は臍の緒を通じて母親から栄養を受け取るが、汚染の進む五大湖で魚を食べていた母親が生んだ子供たちの知能を15年間調査したところ、子供の知能テストの結果は、臍の緒に含まれていたPCBの濃度と深い関係にあり、臍の緒にPCBが多く含まれていた子供ほど知能が低くなっていた、という。これにより、臍の緒を通じて化学物質が胎児に入り込み、脳に影響を与えている可能性が示唆されるとした。また博士は、その後同じ子供たちを追跡調査しているが、11歳になった子供たちはふつうの子供より知能指数が6.2ポイント低く、子宮内で受けたPCBの影響は11年経過しても消えなかったとした。
またこの他にニューヨーク州立大学で行った五大湖の魚とその魚を食べた親のPCBの量を測り、200人以上の赤ちゃんを対象に認識テストを行った研究でも、臍の緒に含まれていたPCB濃度が高い赤ちゃんほど知能が低い傾向が示されたとした。

当初、日本で「環境ホルモン」はダイオキシン、PCBなど60数種類の化学物質と報道されたが、米国では現在ある8万7千種といわれる化学物質の「環境ホルモン」作用の洗い出しに取りかかっている。世代を超え、「環境ホルモン」がゆっくりと脳へ侵蝕しつつある。はたして「21世紀の脳」は健全か。番組の中でコルボーン博士は「化学物質の汚染で大事なのは生まれる前です。すべてが決まるのは子宮の中です。胎児の時にきちんと出来なかった脳神経の回路をもう一度つなぎなおすことは出来ない」と強く警告した。

<参考文献:「アルツハイマー病」黒田洋一郎著:岩波新書>

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